大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和32年(ネ)92号 判決

控訴人(原告) 本宮鉄五郎

被控訴人(被告) 岩手県知事

原審 盛岡地方昭和二九年(行)第二六号(例集八巻二号23参照)

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人が昭和二九年一〇月九日付岩手か第一六二三号令書をもつて別紙目録記載の農地についてした買収処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において「(一)、控訴人が原審で主張した本件買収処分についての違法事由のうち本件買収処分が控訴人の農地保有限度内の農地を対象としてなされたものであるとの主張(原判決二枚目表九行目以下摘示(2)の事由)はこれを撤回する。(二)、原判決二枚目裏九行目以下摘示(4)の主張を次のとおり訂正する。(イ)、控訴人は従来主張の如く昭和二四年一〇月二八樹立の買収計画に対し異議、訴願を経たところ、右訴願に対する裁決書交付以前に被控訴人は右買収計画に基ずき昭和二五年四月一五日付をもつて別紙目録記載の本件農地につき買収処分をしたので、控訴人は同月被控訴人を相手取り盛岡地方裁判所に対し右買収処分の取消を求める訴訟を提起したところ(同庁昭和二五年(行)第三七号行政処分取消請求事件)、同裁判所は右買収処分は前記の如く訴願裁決書交付以前にその買収令書を交付してなされた違法があるとの理由で昭和二九年八月三一日控訴人勝訴の第一審判決をなし、被控訴人において仙台高等裁判所に控訴を申し立てたが、同年一二月一四日その取下により右第一審判決が確定した。(ロ)、いやしくも農地の買収手続の如く一連の各手続を経てなされるものにあつては、その最終段階における買収処分が取り消されたときは、その理由の如何を問わず、これに先行する各手続はすべて効力を失うものと解すべきであるから、前記買収処分が前記の如く取り消された以上、これに先行する前記買収計画もまた当然無効に帰したとなすべきである。したがつて爾後本件農地を買収するには改めてこれにつき買収計画を立て直した上、所定の各手続を経てなされなければならないのに拘わらず、事茲にでないで被控訴人が無効に帰した前記買収計画に基ずき本件買収処分をしたのは違法である。(三)、字叺田一〇七番田二反七畝二八歩のうち買収された一反七畝二八歩(別紙目録記載(二)の農地)は十枚に分れているのであるが、いずれの畦畔を以て買収された部分と買収されない部分とを区別するかは容易に判定ができないから、その買収区域は事実上においても不明確である。(四)、控訴人は昭和二〇年一〇月中旬小作人である訴外五日市春治に対し代替地として字寺志田九九番田三反五畝一八歩のうち二反二畝及び字叺田一三八番の一田のうち二畝をあたえて同訴外人から本件三筆の農地を合意返還をうけたもので、昭和二〇年一一月二三日当時において本件農地は控訴人の自作地であつた。被控訴人は本件農地についての賃貸借契約の合意解除を認めないと称しながら、右寺志田九九番田のうちの前記二反二畝をも買収してこれを訴外五日市定身に売り渡していることは違法である。」と述べ、被控訴代理人において「(一)、控訴人主張の前記(二)(イ)の事実は認めるが、(ロ)の事実は争う。控訴人主張の第一審判決においては昭和二四年一〇月二八日樹立の買収計画の違法なることにつき何等言及しておらないのであるから、右判決により控訴人主張の昭和二五年四月一五日付買収処分が取り消されたにしても、右買収計画までが当然無効に帰するいわれはない。被控訴人は右第一審判決の趣旨に則りその確定前に右買収処分を自ら取り消した上改めて右買収計画の承認手続を経て新に本件買収処分をなしたものである。(二)、控訴人主張の前記(三)の事実中、字叺田一〇七番田二反七畝二八歩のうち被控訴人の買収した一反七畝二八歩が控訴人主張の如く十枚に分れていることは認めるがその余の点は争う。右田二反七畝二八歩のうち買収に係る一反七畝二八歩は畦畔をもつて控訴人の自作に係るその余の部分と区画されているのみならず、右一反七畝二八歩の部分は過去数十年に旦り訴外五日市春治において小作して来たもので、その範囲につき控訴人との間に争がなかつたし、本件買収処分においては右訴外人の小作していた右一反七畝二八歩を買収したものであることが明らかであるから、買収地域は客観的にも確定せられていたものである。(三)、控訴人主張の前記(四)の事実は争う。仮りに控訴人と訴外五日市春治との間に本件農地の賃貸契約が合意解除されたとするも、その時期は昭和二一年三月頃である。」と述べたほかは、すべて原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

証拠関係〈省略〉

理由

岩手県農地委員会が荒沢村農地委員会の権限を代行して昭和二四年一〇月二八日控訴人所有の別紙目録記載の農地(以下本件農地という)につき昭和二〇年一一月二三日の基準時現在の事実にもとずき旧自作農創設特別措置法第三条一項第二号による買収計画を定め、昭和二四年一一月九日これを公告の上所定期間その書類を縦覧に供したこと、控訴人が同月二〇日岩手県農地委員会に右買収計画に対し異議の申立をしたが、同月二三日棄却されたので、昭和二五年二月一六日更に被控訴人に訴願を提起したが、同年六月一二日訴願棄却の裁決がなされたこと、右訴願棄却の裁決書が控訴人に交付されない前に被控訴人が右買収計画に基ずき昭和二五年四月一五日付をもつて本件農地につき買収処分をしたので、控訴人は同月被控訴人を相手方とし盛岡地方裁判所に対し右買収処分の取消を求める訴訟(同庁昭和二五年(行)第三七号行政処分取消請求事件)を提起したこと、同裁判所が右買収処分は前記訴願棄却の裁決書交付以前にその買収令書を交付してなされた違法があるとの理由で昭和二九年八月三一日控訴人勝訴の第一審判決をなし、これに対し被控訴人から仙台高等裁判所に控訴の申立がなされたが同年一二月一四日右控訴の取下により右第一審判決が確定したこと、及び被控訴人が前記買収計画に基ずき所定の承認手続を経た上、昭和二九年一〇月九日付「岩手か一六二三号」買収令書を同月二二日控訴人に交付して本件農地につき買収処分(以下本件買収処分という)をしたことは、いずれも当事者間に争がない。

控訴人は、前記の昭和二五年四月一五日付の買収処分が前記のとおり確定判決により取り消された以上、右買収処分の前提となつた前記買収計画もまた当然効力を失うものとなすべきであると主張するが、前記認定の事実関係の下において右の見解には到底賛同しがたい。すなわち、前記確定判決は買収処分が前記訴願棄却の裁決書交付以前になされたという買収処分のみに付着する手続上の瑕疵のみを理由とするものであつて、買収処分の先行手続である本件買収計画の実体上、手続上の瑕疵を理由とするものではないから、その拘束力は本件買収計画にまで及ぶものではないのであるから、買収処分が取り消されたからといつて直ちにこれに先行してなされた買収計画までが当然失効するに至ると解することは相当でない。したがつて右の如き見解を前提として本件買収処分が違法であるとなす控訴人の主張は採用しがたい。

次に、控訴人は本件農地は昭和二〇年一一月二三日現在において小作地ではなく、自作地であつたと主張するが、当裁判所も控訴人の右主張は採用しがたく却つて本件農地は当時訴外五日市春治において小作していたものに係るものと判断するところ、その理由は原判決のこの点に関する理由摘示と同一であるから、これをここに引用する。当審証人五日市定身、軽井沢種吉の各証言によれば、益々右の心証を強うするに足り、当審における証人橋本松次郎、沢田治郎、大森カンコ、柵山鉄太郎、控訴人本人の各供述中、右認定の趣旨に反する部分は、いずれも措信し難く、当審に現われたその他の証拠で右認定を左右するに足るものはない。

次に成立に争のない甲第五号証によると前記昭和二九年一〇月九日付岩手か一六二三号買収令書には別紙目録記載(二)の農地二反七畝二八歩のうち一反七畝二八歩を買収する旨の記載がなされているだけであつて、右の記載のほか右の買収すべき一反七畝二八歩が右二反七畝二八歩のうちのいずれの部分に該当するかを特に表示する記載のないことが明らかである。しかし本件買収処分が旧自作農創設特別措置法第三条第一項第二号の規定に基ずくものであること並びに右二反七畝二八歩のうち一反七畝二八歩は訴外五日市春治が控訴人から借りうけ大正三年頃から昭和二一年三月頃まで小作して来たものに係ることは前記のとおりであり、成立に争のない乙第五号証の記載、原審及び当審証人五日市定身の証言並びに当審における控訴人本人尋問の結果を綜合すると、右農地二反七畝二八歩はかなり古くから畦畔をもつて別紙図面表示の如く一三枚の田に分たれており、同図面表示の赤斜線で表示された三枚の田は控訴人が自作し来つたもので、その余の一〇枚の田は右訴外人において前記の如く永年小作し来つた一反七畝二八歩であることが認められ、また前記本件買収計画に対する異議訴願の経過からみて、控訴人において、旧自創法による買収の趣旨を充分了知していたことが窺えるのであるから、これらの各事実によれば前記買収に係る一反七畝二八歩の地域は事実上特定されていたのみならず、買収機関たる岩手県知事は勿論、被買収者たる控訴人においても当時右買収令書の記載自体からその買収地域が訴外五日市春治の小作していた前記一〇枚の田であることを容易に且つ明確に推知し得べき関係にあつたものと認めるに十分であつて、当審における控訴人本人の供述中右認定の趣旨に反する部分は採用し難く、他にこれを覆えすに足る証拠はない。それなら、前記買収令書に二反七畝二八歩のうち一反七畝二八歩を買収するとのみ記載せられているにすぎないとしても、右の記載をもつて右買収部分一反七畝二八歩の特定に欠けるところがないものと解するのが相当である。したがつて、本件買収処分のうち別紙目録記載(二)の農地につきその買収部分が事実上においても、また買収令書においても特定されていないとなす控訴人の主張は到底採用できない。

以上のとおり、本件買収処分には控訴人主張の如き瑕疵は存しないから、これあることを前提に本件買収処分の取消を求める本訴請求は失当として棄却すべく、結果において右と同趣旨にでた原判決は結局相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 石井義彦 上野正秋 兼築義春)

(別紙省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例